料理、絵画、建築、音楽……シャンパーニュ・メゾン「テタンジェ」は、文化や芸術を愛し、さまざまな形でシャンパーニュとアートとのマリアージュを試みてきた。そのひとつが、東京国立博物館で開催された「テタンジェ・ブランド・エクスペリエンス・ナイト」だ。
このイベントに先駆けてフランスのテタンジェ社を訪れ、現地で感じたことを音楽に表したDJ・沖野修也と、ライブペインティングでキャンバスに描いた踊絵師・神田さおり。彼らの目に、テタンジェはどう映ったのか――。
沖野修也:DJをする前にフランスへ足を運んでテタンジェを取り巻く空気を感じ、イベントで回すレコードも現地で探してくる。今回のオファーそのものが興味深く、連絡を受けてから東京国立博物館で行われたイベントまでがひと続きの体験だったような気がしています。
神田さおり:まず現地へ行き、感じたことを最後に表現する。粋なはからいにうっとりしました。フランスを一緒に旅する沖野さんが、その経験を音楽で表現されるなかで絵を描けることも楽しみで、旅の始まりから自分たちがショートムービーのなかを彷徨っているような心持ちでした。
沖野:とくに印象に残っているのが、開放感にあふれるぶどう畑と、暗くてひんやりしたカーヴ(地下貯蔵庫)との強烈なコントラスト。僕は前日の夜にパリでDJをしてから車でランスに向かったんですが、当日のパリは40℃超。めちゃくちゃ暑かったんです。
神田:そう。テタンジェのあるランス地方は普段そこまで暑くならないそうで、建物にクーラーがないんです。どのお店に入っても、「今日は暑いね」って言っている。そんな日にカーヴを訪れたのですが、地下へ降りていくほどにひんやりして、声もどんどん響くようになって。もとは修道院だったこともあり、神秘的な空気が漂っていました。
沖野:まるで異次元のような、非日常の世界。あのカーヴは、今年ユネスコの世界遺産に登録されたんですよね。世界遺産を現役の貯蔵庫として使っていることからも、これは凄いシャンパーニュだな、と感じました。
神田:テタンジェのお屋敷には、レオナール・フジタさん(※日本で生まれ、フランスで活動したエコール・ド・パリの画家)など、たくさんのアーティストの作品が飾ってあって、昔からアートを愛してこられた一家なのだと感じました。
沖野:リキテンスタインから日本の今井俊満さんまで、テタンジェがこれまで手掛けたアートボトルも展示してありました。僕の勝手なイメージなんですが、老舗のブランドほど、ロゴやラベルを変えたがらない。テタンジェほどの伝統がありながら、そのデザインを変えるという発想の柔軟性は素晴らしいですよね。
神田:ピックアップしているアーティストも面白いんです。いくつかのアートボトルは、原画や写真集も飾ってありました。グランドピアノの上に飾られた豹のボトル(写真家・セバスチャン・サルガドのコレクションボトル)と写真集、かっこよかったなぁ……。
沖野:ボトルによって表情が違うところがコレクターズ心をくすぐるし、アートボトルでその作家のことを知ると、もっと彼らの作品を観たくなる。単なるコラボレーションにとどまらず、ボトルを触媒にしてアーティストを紹介するメディア的な役割を備えているんです。
絵画や写真だけでなく、料理に対する姿勢もそう。「ル・テタンジェ国際料理賞コンクール」の歴代受賞者を掲載した本を見せていただいたんですが、シャンパーニュ・メゾンからのサポートが尋常ではないと感じました。
神田:本づくりひとつとっても、美しい作品として仕上げられている。コンクールで受賞したお料理の写真とは別の切り口で、シェフ自身を紹介するポートレートがアートとして表現されていて、そういう細やかな点にも料理や食を文化として伝える姿勢が示されていました。
お屋敷で出される料理もアートとして美しく、それをいただいているときにディレクターのピエールさんが話してくださるエピソードだったり、お庭に風が吹く様子だったり。そのすべてによって、どんどん世界に入っていく。これがシャンパーニュなんだって思いながら、ただただうっとりしていましたね。
沖野:そうなんです。次から次へと出てくる美しい料理に合わせて、シャンパーニュが。昼間から、何杯飲んだことか(笑)。
神田:ほろ酔いになったところで最後にお礼がしたくなり、お庭で小さなキャンバスに絵を描いて、ピエール氏にプレゼントしました。あのひとときが私には忘れられない思い出ですね。身をもって、シャンパーニュとのマリアージュを体験させていただきました。
沖野:フランスでの体験を経て東京国立博物館でのブランド・エクスペリエンス・ナイトに臨んだ際、念頭にあったのは、フランスのジャズを中心に組み立てたいということでした。テタンジェが持つ伝統や気品、革新性みたいなものを音楽のなかから抽出するんですが、DJとして選曲するフィルターというのはそれだけではないんです。
当日の博物館の雰囲気、気候、建築、神田さんが描くアートも含めてすべてがフィルターであり、そのフィルターをすべて通過して、初めて曲が決まる。フランスの記憶や視覚的なイメージにインスピレーションを受けてはいるけれど、あの場では即興で選んでいるんですよね。
神田:私もあまり決めつけず、感じるままに描きたいと思っていました。そのうえで、旅で出会ったロマンティックな瞬間や、建築や歴史に感動した経験。自分の心に積み重なった思い出が、絵にあふれてきたらいいなって。その日、沖野さんがどんなふうに表現なさるのかをすごく楽しみにしていて、聴こえてきた音からいちばん心地のいい色を選んで描き始めたという感じです。
沖野:僕も神田さんが踊りながらアートを描くということで、少し女性ボーカルを入れてみたりする。その音にどう反応するかを見て、絵に出てきた表現からインスピレーションを受けることもあって。ジャムセッションのようなパフォーマンスになったと思います。
神田:描いている間に、小雨が降ってきたんですよね。その雨がちょうど心地よく、キャンバスが雨に濡れたことで色がじわーっと滲んで、まるで思い出が滲んでいくように見えました。そうしたら、沖野さんから美しい雨の音が流れてきた。あの雨の音楽は、たまたま手元にあったんですか?
沖野:そうなんです。雨のSEで始まる曲があって、ちょうど雨が降ってきたから入れてみようかなって。
神田:あの音が、私の心情に重なるようで、すごくうれしかったです。あの日のステージは水の上にあって、まわりにあしらわれたミラーボールから霧雨やキャンバスに光の粒が走ったり、水面に自分が描いている姿が映ったり。目に入るすべてが幻想的で、一連の絵を描いている間、ずっとロマンティックな気持ちが続いていました。そうして生まれてきた世界に、最後にぶどうを添えたくなって描いたんです。
沖野:今回、僕や神田さんがテタンジェとここまで共鳴できたのは、テタンジェがシャンパーニュだけで完結していないメゾンだからでしょうね。僕らは表現するうえで、自分のエゴを放出するのではなく、その場を楽しむ人や空間に向けて、インスピレーションや反応を交換しながら、体験を創り出したいと考えています。そこに、テタンジェが目指す世界と通じる部分があったのかな、と。
神田:ええ。シャンパーニュも音楽も絵画も食も、すべてがアート。言葉より深いところでその考えを交わせたような気がして、人生における夢やロマンスを分かち合える存在に出会えたなって。私自身、この経験を経て、この先の創作が楽しみだなって思います。
宇野浩志=取材・文
後藤 渉=撮影
撮影=小張正暁(DFY inc.)
最初にフレッシュで洗練された果実味があり、熟した果実の香りが続きます。口に含むと滑らかで生き生きとしており、グレープフルーツとかすかなスパイスの風味がする洗練された味わいが特長です。