SAPPORO 乾杯をもっとおいしく

福井 ル ジャルダン

No

22

「“ガストロノミーのエベレスト”で
頂点に輝いた日本人シェフの新天地」

NEW PAIRING OF CHAMPAGNE·福井 ル ジャルダン
福井県福井市

text by Noriko Horikoshi / photographs by Masahiro Goda, Ayumi Okubo

シャンパーニュメゾンが主催する若手料理人の登竜門、<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール。2022年5月にパリで開催された世界大会で、日本人シェフとして史上3人目の優勝者となった堀内亮シェフを福井に訪ねます。

2回延期のハンディを乗り越え、
コンクール優勝の快挙を達成

「リョウ・ホリウチ!」
去る2022年5月31日夜、パリのオペラ・ガルニエ(オペラ座)で開かれた第54回<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール・アンテルナショナルの授賞式。名前が読み上げられると、優勝者の堀内亮シェフが柔らかい笑みを浮かべ、オペラ座のシンボルでもある大階段を軽やかな足取りで降りてきました。トロフィーが手渡され、満場の拍手が起こるのを合図に栓が抜かれ、グラスに注がれていくシャンパーニュ。歴代3人目となる日本人シェフの名前が、コンクールの歴史に刻まれた瞬間でした。

<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクールは、大手シャンパーニュメゾンの「テタンジェ」によって1967年に創設。優勝者には故ジョエル・ロブション氏を含むスターシェフが名を連ね、料理の技量や創造性はもとより、料理哲学、プレゼンテーション力も含めた総合力が問われる難易度の高さから、「ガストロノミーのエベレスト」とも称される国際料理コンクールです。

「フランス料理の世界では、『テタンジェ』と聞けばまず料理コンクールを思い浮かべる料理人が多いのでは。私自身もそうでした」と振り返る堀内シェフ。オーヴェルニュ地方の三ツ星レストラン「レジス・エ・ジャック・マルコン」に副料理長として勤務していた間には、同僚のフランス人シェフが出場する機会に立ち合った経験も。「仕事の後の練習をサポートしたり、意見を交換し合ったり。刺激を受けて、『いつかは自分も出てみたい』という思いはずっと持っていました」と話します。

2022年7月19日、パレスホテル東京で開催された「第54回<ル・テタンジェ賞>国際シグネチャーキュイジーヌコンクール・アンテルナショナル」優勝祝賀パーティの一コマ。左からコンクールのアンバサダーで審査委員も務めるルノー・オージエ氏(トゥールダルジャン東京)、2018年コンクールの覇者、関谷健一朗シェフ(ガストロノミー ジョエル・ロブション)、堀内亮シェフ(ル ジャルダン)、日本人初の1984年コンクール優勝者の堀田大シェフ。

第54回世界大会については、当初2021年1月に予定されていたパリファイナルがパンデミックの影響で見送られ、翌22年1月の開催も感染拡大により取り止めに。3回目の仕切り直しでようやく立てた大舞台での経験を、「自分一人ではどうにもできなかったこと」と振り返ります。
「現地では、審査委員メンバーの関谷健一朗シェフや小林圭シェフから『普段通りに、いつもやっていることを』と心に沁みるアドバイスをいただいて、リラックスして本番に臨めました。人のつながりの大切さを改めて実感したコンクールでもあったと思います」

福井に場所を移しての試行錯誤に背中を押されて

世界大会では、2年前に各国予選の課題として出題されていた「牛肉のアシエット料理」と、本選の前日に発表された「春野菜の前菜」をテーマに、8人のファイナリストが実技審査に臨みました。本番では、残り30分の段になってコールドプレスジューサーが突然動かなくなるようなハプニングも。材料はリストに指定されたもの、あるいは審査の時点で自己調達が可能な素材に限定されるため、臨機応変にガルニチュールやソースを組み立てる難しさも加わります。

「1月開催の予定が5月に変更になったので、当初予定していたトリュフが使えなくなるなど、ルセットの入れ替えが必要な部分も。全体的にはフランス料理の古典的な技法をベースとしながらも、シソ、柚子、春菊といった和の素材を入れて、日本人が作った料理とわかる仕立てを意識しました」と話す堀内シェフ。実は世界大会の再開を待つ間、自身をめぐる状況にも大きな変化が起こっていました。在籍していた「パレスホテル東京」のフレンチダイニング「エステール」を2022年2月に辞し、福井市内で創業30年近い歴史をもつ老舗フレンチレストラン「ル ジャルダン」(旧「ジャルダン」)のシェフに迎え入れられることが決まっていたのです。

  • ハーブガーデンの中庭を望む「ル ジャルダン」の店内。蔦のからまる重厚な洋館の佇まい、広い空間にゆったりと配置されたテーブル、きらびやかなシャンデリアなど、古きよきメゾンの格調を感じさせる調度と洗練されたサービスが、心地よい時間の流れをつくり出す。

京都出身の堀内シェフにとって、若狭と京を結ぶ鯖街道を介して古来から食材と食文化の往来があった福井県は、いわば料理人としてのルーツと交差する場所。国内有数のクラフト産業の集積地であり、漆器や焼物、刃物など、料理に関係の深いものづくりの技術が継承されている地域風土にも、親近感をもってきたといいます。

「たまたま恩師のレジス・マルコンも福井と縁が深くて、県の食大使を務め、惚れ込んだ食材をフランスに持ち帰ったりもしていたほど。私自身もシェフの生産者訪問や食材探しに何度も同行し、福井の食の豊かさに魅せられていたので、お話をいただいて『面白いことができる!』という直感しか湧きませんでした(笑)。パリファイナル前の2カ月の準備期間が福井に移ってきたタイミングと重なるのですが、ここで新しい食材と出会い、試作を重ね、楽しんでウォーミングアップできたことが、優勝を目指す上でもプラスに働いたことは間違いありません」

コンクール優勝作品が新たなシグネチャーに

「ル ジャルダン」は福井中心部から北へ3㎞ほど、福井大学や美術館が集まる閑静な文京地区に立地。瀟洒な邸宅風の外観とアプローチ、ゆったりとして贅沢な空間構成にグランメゾンの風格が漂います。

9月22日のグランドオープンと同時に、堀内シェフのコンクール優勝作品もスペシャリテとしてオンリスト。斬新にして繊細な素材使い、王道でありながら創意と閃きに満ちたプレゼンテーションは、眺めているだけでため息を誘う美しさ。福井発の新しいシグネチャーの出現に、心弾ませるゲストたちの表情が目に浮かびます。

コンクール優勝作品の1品、「牛肉のブリオッシュ包み焼き」。本選に先立つ各国予選で「牛肉のアシエット料理」が出題され、書類選考ではレシピの独創性や料理への想いが審査対象に。本選では実際の技術と味、プレゼンテーションを限られた時間内で競う。

牛肉のブリオッシュ包みに、手の込んだ3種のガルニチュールで構成された一皿。牛ヒレ肉の間に柚子胡椒を塗った牛舌を挟み、春菊のムースでくるんで、生のままブリオッシュ生地に包んでオーブンで焼き上げます。
「肉の芯温を50℃で止めてレアな状態を保ちつつ、表面のブリオッシュはこんがりと。火入れと余熱のバランスを見極めるまで、試作に次ぐ試作を重ねました」と堀内シェフ。

「パイ包みは平凡だから」との理由で、あえてのブリオッシュ包みに挑戦。シルパット(オーブン用シリコンパット)をタコ糸で縛って凹凸をつけ、美しい焼き目を際立たせる手法は、パレスホテル時代の同僚であり、堀内シェフとともに「ル ジャルダン」へ移ったシェフパティシエの工藤隆浩さんの提案から生まれたもの。いく通りもの発想と料理技術を重ね、かけ合わせ、総合芸術として昇華させていくフランス料理ならではのアプローチが功奏した“作品”といえそうです。

ガルニチュールの一品では、当初予定していたトリュフに代えて福井名産の汐ウニを採用。土台のカブのフランに練り合わせるほか、上にのせたクネルにも越前で昔から作られていたという珍味“干しウニ”をふんだんに使い、福井ならではのオリジナリティで世界大会を制覇しました。

カブのすりおろしと汐ウニを練り合わせたフランの上に生のカブを丸く抜いて並べ、抜いた残りのカブを細かく刻んで干しウニと合わせたクネルを盛り合わせた手の込んだガルニチュール。汐ウニはバフンウニの卵巣に塩をして水分を抜き、熟成させたもの。干しウニは海水で殻ごと茹でたウニを天日干しにした珍味。どちらも福井の知る人ぞ知る名産品で、酒肴としても調味料としても絶品。

2段仕立ての球形のガルニチュール。下は小タマネギをくり抜き、メインの調理で残る牛舌の端肉とともにローストしてサワークリームで和え、詰めたもの。上部の緑の球体は、タマネギとシソのピューレ。柚子皮とシブレットを添える。

“とれたて”がすぐに手に届く。
東京にはない食材との近さが魅力

福井は海産物が豊富なイメージがあるが、実は山の幸も知る人ぞ知る美味の宝庫。あわら市名産のとみつ金時(中央)は冷蔵庫で1年熟成し、濃縮した甘味としっとりした食感をのせて出荷される。バターナッツかぼちゃも隠れた福井名産の野菜として、味のよさに定評あり。

一方、「ル ジャルダン」の新しいグランドメニューの一品「スズキのポワレ」にも、食材の生かし方にフランス仕込みの“堀内イズム”が、くっきり。
若狭湾で水揚げされたスズキを皮目から香ばしく焼き上げ、様々に調理したキノコを付け合わせたシンプルな一皿ですが、目を見張るのは、その福井産のキノコ使いの多彩なこと。

舞茸のソテーの下には、ワインビネガーとアップルビネガーでマリネしたジロール茸。越前ヒラタケはイタリアンパセリとソテーし、クルミ、ニンニク、生姜を合わせたコンディモンに椎茸パウダーをひと振り。ソースはマッシュルームをベースにヴェルベーヌの香りをのせたブイヨン仕立てと、まさにキノコ尽くし!

シンプルに焼いたスズキに、キノコの香り満載のガルニチュールとソースを添えて。「舞茸はローストするだけで驚くほどのおいしさ。キノコは総じて野趣が強く、風味も濃くて、創作心を刺激されます」と堀内シェフも太鼓判。

「師のマルコンさんが並外れたキノコ好きで、フランスでは“キノコの魔術師”と呼ばれているほど。自分も影響されているところはあるかもしれません。福井にこんなにたくさんキノコの種類があるとは知らなかったので、嬉しい驚きでした。“なめこハンター”みたいな凄腕もいるらしくて(笑)。12月には“越前かん茸”という、冬季限定のめちゃくちゃおいしい地ものが出てくるらしい。今から楽しみです!」と、本当に嬉しそうな堀内シェフ。

日本の中でも最高品質の素材が手に入るのは東京。そう言われる食の一等地を離れて福井に移り住み、改めて強く魅かれるのが「食材との近さ」だと言います。たとえば、艶やかに輝く若狭ぐじや、甘海老の名前そのままの口に媚びるような甘味、福井が発祥といわれるミネラル栽培のミディトマトの弾ける瑞々しさ。

「電話をすると、とれたてを最速で持ってきてくれる、その感じ。東京では味わえない距離感ですよね。鮮度がどういう意味をもつのか、生産者も味わう人もよく知り尽くしているというか。そういう風土の中で料理ができるというのは、考えてみればとても恵まれたこと。これからも未知の食材との出会いを通して、福井にいる自分にしか作れないフランス料理を極めていきたいですね」

コート・デ・ブラン地区のグラン・クリュ(特級畑)に認定された5つの村で収獲されたシャルドネのみを使い、最高品質のブドウが収穫された年だけに造られる「コント・ド・シャンパーニュ ブラン・ド・ブラン」。2011ヴィンテージは、シャルドネの繊細でエレガントなスタイルと、フレッシュな柑橘系のフルーツ感、ほどよい熟成由来の香ばしさが三位一体。ソースを極める正統派ながら、軽やかさと透明感をも併せもつ堀内流フレンチの味わいを一段上の高みに引き上げる。

ル ジャルダン

  • 住所

    福井県福井市文京4-28-16

  • 電話

    0776-29-0026

  • 営業時間

    11:30~13:30LO
    18:00~20:30LO
    火曜、水曜休

  • ル ジャルダン

    https://lejardin-fukui.com/

堀内亮(ほりうち・りょう)

1988年京都生まれ。調理師専門学校を卒業後、「ロオジエ」「マンダリン オリンタル 東京」勤務を経て渡仏。マンダリン オリエンタル パリの「Sur mesure par Tierry Marx」、オーヴェルニュ地方の三ツ星「Regis et Jacques Marcon」の両店で研鑽を積み、帰国。パレスホテル東京「エステール」アシスタントシェフを経て、2022年9月より福井「ル ジャルダン」のシェフに就任。

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