交配して得られた未来の品種候補のホップは、有用成分の量や農業特性を評価します。当時は、母と父を同じくする兄弟の中から、優秀な1系統だけを選ぶのが決まりになっていました。当時はすでに、ホップがもつ「苦み」の量と質、育てやすさなどは重要な要素でしたが、「香り」には今ほど注目しておらず、そもそも適した評価ノウハウや選抜方法を持っていませんでした。そのため、「フラノマジカル」は兄弟とせり合ったのち、惜しくも落選していたのです。
落選したものはいつ廃棄されてもおかしくないのですが、なぜか後に「フラノマジカル」となるホップは、品種保存区に育種の母親候補の一つとして残されることになりました。なぜ残されたのか、当時の育種家の記憶にもなく、1990年代~2000年代という長い時間、その秘められた香りの力に注目されることはありませんでした。たしかにこのように残されるものはいくつか他にもありましたが、このホップは生育する姿や実の成り方がスッとして、植物として美しいと、今の育種家は感じています。当時の育種家もきっと同様な感触を持ったでしょうから、それがこのホップを残した理由だったのかもしれません。
クラフトビールブームなどもあり、ホップの「香り」の需要が高まってきた2010年代。香りの評価ノウハウを確立したあと、品種保存区のすべてのホップの香りを評価したところ、鮮烈なトロピカル香を持つものが発見されました。当時は、「日本ではチオール成分がもたらす強い香りは得られないのではないか」と予想されていたこともあり、日本のホップでこんなに香りが感じられることは、にわかには信じがたい状況でした。しかし数年かけて、このホップが本当にチオール成分を多く含み、強い香りを持つことが確かになりました。不遇の時代も長く、まさにホップ界のシンデレラストーリーを歩んできたその物語と、信じられないトロピカル香から「フラノマジカル」と名付けられ、現在では当社の重要品種のひとつとなりました。