ここ10年ほどの外食業界をふりかえってみると、市場の裾野が拡大した商品の最たるものがワインだろう。その先導役を果たしたのがワイン酒場だ。一部の好事家が親しむものだったワインを大衆商品に変えたのは、既成概念を覆す売り方やメニュー構成を打ち出したワイン酒場である。そしてワイン酒場はいまや、居酒屋業界の中でもっとも多様な店のスタイルが群雄割拠するジャンルとなった。今回紹介するのは、そうした中でも際立って“エッジの立った”ワイン酒場の注目事例である。
店内のワイン蔵に並ぶのは世界各地から集めた200銘柄におよぶワイン。その真っ暗なワイン蔵にお客自らランタンを灯して入り、ワインを選ぶスタイルを打ち出して人気なのが東京・新宿の「肉ビストロ 灯」だ。ワイン蔵の扉の前でお客にランタンと鍵を渡し、開錠して入ってもらう。事前にワインの商品説明や提案を求められている場合を除いてスタッフは一緒に入らず、密室の暗闇独特の緊張感が娯楽性を高める。ランタンの明かりでワインのラベルを確認しようとお客は顔を近づけることになり、カップル客などは親密さが高まる効果も。この楽しさが口コミで広がり、32坪66席の規模で1日に消費するボトルワインは平均40本に達している。フードメニューの柱は店名にある通り肉料理で、牛、豚、鴨、仔羊などを豪快に塊のまま焼く「選べる!! 肉盛り」が看板商品だ。価格は2種(約300g)1980円、3種(約450g)2980円、4種(約600g)3780円で、米国産ブラックアンガス牛に加えて好みの肉を1~3種選べるスタイル。客単価4800円でアルコールの売上げ比率は50%、月商800万円を売り上げている。
東京都新宿区西新宿7-16-3 第18フジビル2F ℡03-5332-5298
営業時間/17時~翌0時(土日・祝日16時~) 不定休
店舗規模/32坪66席
客席は大テーブル席やボックスシート、引き戸を閉めれば最大20人の宴会が可能になるテーブル席などで構成。多彩な利用動機を想定した店づくりだ。主客層や20代後半~40代のビジネスマンやカップルで、お客の男女比率は4対6。独特のスタイルが口コミで広がり、ワイン目当ての目的客が増えている。
急速に人気が高まっている自然派ワインを100銘柄以上揃えて人気なのが、2017年9月に東京・三軒茶屋にオープンした「ニューマルコ」だ。アルコールのもうひとつの柱に日本酒を据え、これに合わせて和食の料理人がつくる懐石料理ベースのセンス溢れるつまみを提案。6坪・最大19人収容の規模で月商700万円を売り上げる大繁盛店である。自然派ワインの産地はフランスやイタリア、日本がメインだが、スロベニア産などめずらしい銘柄も用意。ボトルワインの価格は3000円台後半~6000円で、グラスも1杯700円~で8~9銘柄をラインアップする。「ワインは銘柄よりエチケットのデザインで憶える人も多い」(オーナーの河内亮氏)ことから、店内奥にボトルが見えるガラス張りのワインセラーを設置。ワインリストは置かず、お客の好みを聞きながらスタッフがワインを選んでおすすめする。フードメニューは34品前後を揃えるが、新潟・東港や東京・八丈島などの漁師から直接仕入れる新鮮な魚介を使った料理が好評だ。平均的な注文パターンはフード4~5品、ドリンク3~4杯で、客単価は4250円を確保する。
東京都世田谷区太子堂2-28-2 ライファービルⅡ2F ℡03-6805-5678
営業時間/18時~翌2時(L.O.翌1時)、日曜・祝日~翌0時(L.O.23時) 不定休
店舗規模/6坪11席+スタンディング最大8人収容
主客層は30~40代の地域住民で、女性客が7割を占める。細長い店内は木の質感を生かしたつくりで、カウンター11席と立ち飲みができる2つのハイテーブルを用意。客席間隔を狭め、お客同士で自然に会話が生まれることを狙った。平均組客数は2人だが、来店客の3割を一人客が占めている。
東京・代々木に2017年3月にオープンした「もつ焼とワイン キャプテン」は、その名の通りモツ焼きとワインを組み合わせたスタイルを打ち出すユニークなワイン酒場だ。モツ焼きは大衆酒場の定番商品だが、同店の商品はそれらと一線を画す品質の高さが売り。内臓肉はすべて店内で下処理し、串打ちまでを行なう。経営母体の㈱ロイヤルストレートフラッシュの類家令奈社長は「主力のモツ焼きは客単価5000円の高級焼とり店にも負けない品質」と語るが、その脇を固める一品料理のクオリティの高さと品揃えの巧みさも見逃せない。タンを真空パックで湯煎して生の食感を残した「低温調理の特上タン刺し」650円や、「ガツのエスカルゴバター焼き」480円などユニークなメニューが並ぶ。また、冷奴をアレンジした「冷製エスニック麻婆豆腐」500円や「隠しトリュフのマカロニサラダ」420円など、定番をひとひねりしたワインに合うつまみの数々も人気を集めている。ワインは赤・白・泡・ロゼを合わせてボトル60種、グラス9種をラインアップ。モツという大衆イメージの商品を主力としながら、客単価3200円を確保している。
東京都渋谷区千駄ヶ谷5-20-22 ほぼ新宿のれん街 ℡03-6709-8734
営業時間/16時~23時(L.O.22時30分) 無休
店舗規模/16坪40席
外食複合施設「ほぼ新宿のれん街」に入居。店は古民家をリノベーションしたもので、1階はカウンター席がメイン、2階はテーブル席で構成している。モツ料理をメインにしつつ、ワインと相性のよいアイデアフルな一品料理を揃えることで客層と利用動機の拡大に成功。女性客比率は55%に達している。
冒頭に述べたようにワインはいまや大衆化したが、その結果としてワインを売る業態には差別化の切り口が強く求められるようになっている。ワインの品揃えが豊富であるとか価格が安いといったことだけでなく、「他では得られないもの」をいかに提供するかが重要だ。それはつまり、お客にどのような満足度を提供するかという、コンセプトの完成度と言い換えてもいい。ワインはあくまでコンセプトを構成するひとつの要素。お客の立場から考える業態発想こそが、これからのワイン酒場に求められている。