おいしいビールができるまで

おいしいビールができるまで

ビールは、製麦から始まり、仕込、発酵、熟成、ろ過と丹念な工程を経てつくられます。製麦とは大麦を発芽させて麦芽をつくることで、その過程で麦芽独特の色や香りの特徴が決まっていきます。それから、糖化によって麦芽のでんぷんを糖に変え、その麦汁をろ過して、ビールの苦味や香りをつくるホップの添加と煮沸を行います。冷却した麦汁に酵母を加えて発酵させると若ビールとなり、その後、1ヶ月程の熟成によってまろやかさを生み出したり、炭酸ガスの調整などを行います。最後にビール酵母と混濁物質をろ過で取り除くとビールが完成します。

製麦①「大麦の貯蔵・精選」

製麦途中の大麦
製麦途中の大麦

大麦を発芽させて麦芽をつくる工程を製麦と呼びます。収穫直後の大麦は「休眠」といって寝ている状態にあります。したがってすぐには発芽しません。この休眠は時間の経過と共に明けてきますが、製麦工場では製麦に大麦を使う前に休眠が明けているかを発芽試験で確認します。
その後、大麦の粒をより分ける作業があります。ふっくらとした麦には栄養分がたくさん詰まっています。サイロから出てきた麦が粒ぞろいとなるよう、まずふるいにかけ大きさを揃えます。一般的には幅(短径)2.5mm以上の麦が使われます。粒の大きさが揃うことで、より均一な発芽を行うことができます。

製麦②「浸麦」

水に浸された大麦
水に浸された大麦

麦に水を与える「浸麦工程」で、麦はいよいよ発芽を始めます。この間に浸麦水は何度か取り替えられ、粒の表面についた埃(ほこり)が洗い流され、同時に一部の雑味成分も、この水に溶け出していきます。

製麦③「発芽」

発芽中の大麦
発芽中の大麦

発芽開始と同時に大麦は、自らの酵素でこれまで胚乳中に貯めていたでんぷんやタンパク質などの栄養分を分解し始めます。発芽中の大麦は「緑麦芽」と呼ばれ、硬かった大麦の粒もこの工程を経ることにより、指で潰せるほどにやわらかくなります。このさまざまな変化の総称を「溶け」と呼び、発芽工程ではこの「溶け」を進めたり抑えたりしながら、ビールに合った品質の麦芽をつくります。

製麦④「焙燥」

緑麦芽の中には、後の仕込工程で活躍する重要な酵素がたくさん働いています。乾燥と焙煎を行う焙燥工程では発芽を止め、これらの酵素の働きを失わないよう、まず低めの温風で緑麦芽を乾かします。その後、麦芽独特の色や香りの成分をつくるために、80℃程度の熱風を送り込みます。このことによって麦芽は芳ばしく仕上がり、雑菌も繁殖できないほどに乾いて長期保管が出来るようになります。焙燥が終了するとすぐに、渋味や雑味の原因になる麦の根を専用の装置で取り除きます。その後1ヶ月程度、仕上がった麦芽をサイロで寝かし熟成させます。

製麦⑤「さまざまな焙燥」

黒ビールの色の秘密
黒ビールの色の秘密

焙燥の温度を高めたり、ロースター(焙煎機)を使用することで、色や香りにさまざまな特徴をもつ麦芽をつくることができます。これらの麦芽は濃色ビールや黒ビールなどに使うことで芳醇な香りや豊かな色、深い味わいを醸し出します。ロースターを使った麦芽は、「ロースト麦芽」や、さらに深煎りした「黒麦芽」などが知られ、その他にもロースターで胚乳中のでんぷんをカラメル化させた「カラメル麦芽」などを使用することもあります。

仕込①「麦芽の粉砕」

麦芽のでんぷんの糊化を行う仕込釜
麦芽のでんぷんの糊化を行う仕込釜

ビールは仕込、発酵、熟成、ろ過といった工程を経てつくられます。まず、製麦した麦芽はローラー式のミルで細かく粉砕し、でんぷんが糖に効率的に分解されるようにします。ただし、あまり細かくしてしまうと麦汁のろ過工程でろ過が遅くなるため、粗挽きになるように粉砕には細心の注意が必要です。また、麦芽の穀皮にはタンニンなどビールに渋味やエグ味をもたらす成分が多いため、それらがあまり溶け出させないためにも比較的粗く挽く必要があります。製麦の発芽工程時に「溶け」が充分に行われている麦芽は、粗く挽かれたままでもでんぷんは溶け出して糖化が確実に行われます。

仕込②「糊化」

麦芽のでんぷんはグルコース(ブドウ糖)が数十個もつながった状態になっています。酵母が細胞内に取り込むには大き過ぎて、糖に分解する酵素が働くことが出来ないため、でんぷんを小さくする必要があります。そこで、でんぷんの結晶構造を分解して小さくするために、仕込釜に入れ、お湯で加熱処理をして糊状にします。これを「糊化」と言います。

仕込③「糖化」

酵素は生物がつくり出す一種の触媒であり、酵素自身は何の変化もせず他の物質を変化させる働きを持っています。酵素には多くの種類がありますが、それぞれが決まった物質(=基質)にしか作用せず、また変化のさせ方も違います。この酵素の働きによって、糊化した麦芽のでんぷんを糖に変え(糖化)、タンパク質をペプチド(アミノ酸が複数つながったもの)とアミノ酸に分解します。分解されたペプチドはビールの泡をかたちづくる上で重要な役割を果たし、アミノ酸はビール醸造において酵母の栄養となり、酵母自体の増殖や香り成分の生成にも寄与します。

仕込④「麦汁のろ過」

仕込の様子
仕込の様子

糖化が完了した後、固形物を除去するためにろ過を行います。ろ過には粗い金属のスリットを敷き詰めたロイター式と、ろ過布を用いるフィルタープレス式の2通りがありますが、いずれの場合も穀皮をろ過材として使います。ろ過のスピードを遅くする原因は、麦芽の胚乳の細胞壁や細胞間物質に由来するグルカンなどの多糖類です。それらを分散させないためには麦芽の粉砕を適切な粗挽きで行い、糖化の際の撹拌も必要以上に強く行わず、さらに製麦に供する大麦の発芽も均一なものを選んでおく必要があります。
エキス分をとるために、強制的なろ過を行うと脂質含量の多い濁りの成分が出てしまい、香味自体やその安定性、ビールの泡持ちなどに影響します。さらに、この後の発酵の進行にも影響を与えるので、出来るだけ透明な麦汁が得られるよう、無理矢理のろ過は避けなければなりません。ろ過槽に移されたマイシェがそのままろ過された麦汁を第一麦汁といい、大部分のエキスの抽出が終わった層に湯がかけられて、残っているエキスが抽出されたものを第二麦汁といいます。

仕込⑤「麦汁の煮沸」

ろ過された麦汁は煮沸釜に移し、ホップを添加して煮沸を行います。煮沸には次の4つの目的があります。
ホップと共に煮沸することにより、香りや苦味の付与、微生物汚染の防止、泡持ちの向上等の効果をもたらすホップの成分を抽出します。
第二麦汁によって希釈された麦汁を濃縮し、所定の濃度にします。
加熱により、麦汁中の凝固性タンパク質を凝固させます。
麦汁中に残る酵素を失活させると同時に麦汁の完全な殺菌を行います。

仕込⑥「ホップ添加」

ホップは苦味の成分と言われていますが、ホップを加えるだけでは苦味は生まれません。煮沸されることによって初めて苦味を呈していきます。ホップの中に存在するα酸と呼ばれるフムロンという化合物が煮沸されることによりイソフムロンに変換され、苦味を持つようになります。ビールの苦味を測定する方法はイソフムロンを測定することにより算出していますが、同じ苦味の単位であってもホップの種類、使い方、麦汁によって苦味の質、強さはさまざまです。
ホップ独特の香りは、ホップの球花のルプリン粒の中にある精油成分に由来しています。この精油は炭化水素化合物(テルペン類)からなり、麦汁の中で煮沸されると水蒸気と共に大部分が飛んでしまうのですが、ホップが酸化していると揮散しにくくなります。ホップの香りは酸化の度合や、煮沸の強さなどによって変化します。 ホップの添加は煮沸をはじめる際に全量投入する方法と、煮沸中に分割して投入する方法が主ですが、ホップの香りを強くつけるためにホップの一部を煮沸終了の直前に添加したり、少量のホップを後発酵の際に使用する方法もあります。

仕込⑦「麦汁の冷却」

煮沸を終えた麦汁は、ワールプールタンクと呼ばれる円筒形の槽で凝集物の除去を行います。麦汁をタンクの縁にそって勢いよく流し込み、タンクの中で麦汁を旋回させることによって、凝集物を湯飲みの中の茶葉に見られるように中央に集合させ、取り除くことが出来ます。かつては、ホップをそのまま使っていたため、ホップストレーナーという目の粗いふるいで取り除いていましたが、近年は粉砕したぺレットを使うことが多くなったためワールプールタンクを使っています。そして、麦汁の冷却を行います。冷却工程では、発酵開始温度まで温度を下げ、酵母の増殖に必要な酸素の供給を行います。

発酵

発酵
発酵

冷却器によって、発酵する温度(下面発酵の場合は通常8~10℃、上面発酵で15~20℃)まで温度を下げ、酸素を供給された麦汁に酵母を添加します。添加した酵母は、最初に使いやすいブドウ糖を取り込み、ブドウ糖が取り込み終わると麦芽糖(マルトース)を取り込んで、酵素によって糖を発酵させていきます。発酵によって糖はアルコール(エチルアルコール)と炭酸ガスに変化し、およそ1週間で若いビールができます。この若ビールをつくる主発酵は前発酵とも言います。酵母量が少ないと発酵が遅れ、香味のバランスが失われ、また、過剰に添加されるとビールの味を損なうことになります。
前発酵(主発酵)時は、発酵性糖分の約85%が発酵した時点で発酵が終了します。そして、出来た若ビールを貯酒(後発酵)タンクに送ります。この作業をビール下しと言います。この時、浮かんでいる酵母と沈んでいる酵母の割合が1対2程度になっているのが望ましく、浮かんでいる酵母が少ないと後発酵(熟成)の進み方に支障をきたし、逆に多いとビールのろ過が渋滞したり、香味に悪影響を及ぼします。

熟成

貯酒タンク
貯酒タンク

貯酒タンクに若ビールを移すことで、再び旺盛な後発酵を行います。これは発酵が緩慢になった若ビールを移し替えたことにより、沈降していた酵母が再びビール中に広がるためです。その後、0℃以下の低温で数十日間貯蔵します。後発酵をうまく進めるためには、若ビールの中に発酵性のエキスが残っていることと、適量の酵母が残っていることが何よりも必要です。熟成(後発酵)工程では発生する炭酸ガスを溶解させます。ビールの炭酸ガスの適正な含有量はかなり狭い範囲であるため、ガス圧調整器を付けて、過剰になったガスをタンクから逃がし、ガス圧を一定に保つようにしています。炭酸ガスの特性上低温であるほど含有するガスの量が増加してゆきます。炭酸ガスは、ビールに爽快な喉ごしを与えるという品質上の効果だけでなく、発酵工程や後発酵工程において液から泡として浮上し、気相へ出てゆく過程で未熟な臭いを揮散させるというはたらきがあります。
ビールの貯酒(後発酵)期間はビールの種類や酵母の種類などによって様々ですが、標準的には下面発酵ビールの場合は約1ヶ月程度です。あまり長く貯蔵していると酵母が自己消化を起こし、細胞内の内容物がビール中に溶け出して望ましくない臭いがついてしまうので注意が必要です。後発酵が進むと共にビールの中の浮遊物は沈殿していくため、液は澄んでいきます。タンパク質やホップ樹脂は凝固したもののみが沈殿し、粒子が大きいほど早く沈殿します。後発酵が終わった時点で、最終的にビールに残るエキス分の大部分はデキストリン(酵素によって分解しきれなかった4糖類以上の高分子)とタンパク質、その他の物質であり、この残存するエキス分はビールのコクに関係しています。また、この部分は栄養分として、体内に蓄積される割合が多いため、低カロリービールでは残存エキスを減らしてつくられます。